次はおふざけはなしで真剣に・・・
金・土・日とヒマな私は
いつものように映画三昧
そのインターバルにテレビをつけると
各局、
終戦記念日の特番、特番の嵐
原爆、予科練、玉砕、空襲・・・
その時代の
目をそむけたくなる惨劇に
怒り、悲しみ、そしてなによりも喪失感を味わった。
そして締めは、
お決まりの「池上彰のよくわかる戦争」
ついつい、最後まで食い入るように見終わって
余韻にしばし浸っていると・・・
なんか「もやもやした感情」が湧き上がってきた
「あれ、これでいいだろうか?」
「何か欠けていないだろうか?」
ここ数日各局で繰り返し放映されてきたものは
この戦争によって
尊い日本国民の人命が失われたということの連呼・・・
しかし、それだけだろうか?
それと同等以上に
学ばなければいけないこと
報道しなければいけないことがあるのでは?
それは、戦争という狂気が
「被害者になるとと同時に加害者にもなるということ」
だと思う。
ここ数日の放送は、この視点が欠けていたように思う。
この戦争で失った日本国民の人命の
何倍もの他国の人命を
日本が奪ったという事実を
避けているようにさえ感じられる。
日本人のこの戦争での死者は
兵士、民間人合わせて360万人
しかし、中国では
兵氏及び民間人1100万人余が殺戮
中にはゲーム感覚で殺されたものもいるとされる
朝鮮では、
朝鮮人をモルモットとした生物兵器等の人体実験が
191部隊によって多数行われたことは
もはや広く公認された事実である。
自分の過ちは、誰しも確かに認めたくはないし見たくない。
テレビ受けも良くないかもしれない。
しかし、報道の責務とはなんだろうか?
責任論ではない。反省が必要だということである。
ここんところの報道は
過去の自国のみの惨劇の回顧であって、反省ではない。
二度と戦争をしないためには、真の反省が必要に思う。
こんな状態だから
日本が被害を加えた国からは
反省してないといわれるのだろう。
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